魔法少女は眠らない

0.昔々、あるいは、ずっと遠い世界で


 72世界統治協約連合は帝政を敷いている。皇帝は協約軍の指揮全権をいただき、世界間の秩序安定を持って支持を受けている。
 現皇帝、デマイスタ・マジステクトノス・ヤーシュは融合主義者に対して烈しい弾圧を行っていた。
 融合主義者、幻想による汎世界融合同盟はその強力な本国であった幻想世界「アーダ・アディクト・ヤース」を秩序崩壊によって失って以来、次元遷移船による船団を編成し、帝国軍の追撃をかわし続けていた。
「融合主義者の諸君に告げる。
 こちらはヤーシュリット協約軍第四位相艦隊8401辺境警備隊である。貴船団は現在、協約管轄世界を逸脱し、第19保護世界群への進入航路を取っている。
 未開世界に対する干渉は、世界の独自発展を推奨するヤーシュリット協約に対する違反であり、重大な世界犯罪である。
 直ちに進路を変更し、協約世界への帰還航路を取りなさい」
 警備艇から航路の変更勧告が伝えられた。
 スクリーンの向こうには世界のかけらを内包する巨大な輸送船が10隻以上、映しだされている。進路を変更する様子はない。
「航路を変更する様子はないようですな」
 協約軍辺境警備隊が誇る新鋭の警備艇の艇長が同乗者に敬語で問いかけた。
 艇長が振り向いた視線の先、簡易のシートには鮮紅と金のマントを羽織ったがっしりした体格の男が似合わない金と黒のしょうしゃな杖を持ってスクリーンを見上げていた。
「ああ。本命はこの船団で間違いないな。あとはかの『デウス・エクス・マギカ』の潜む世界がどれか」
 帝国近衛オルタネアシウスは小刻みに震える杖の共振をゆっくりと感じ取る。オルタネアシウスの持つ杖は軽やかにさまざまな鐘の音を奏でていた。
「いぶりだしましょう。相手は非武装の船団です。次元遷移機を破壊してしまえば、逃げられません」
「だが、こちらも遷移性能重視の警備艇だ。甘く見ているとどんな反撃を受けるとも知れん。このまま追尾して本国艦隊の到着を」「船団から二隻が回頭します!」「チッ」
 オルタネアシウスは舌打ちすると、シートから身を起こした。
「回頭した二隻、本艇へ位相同調しつつあります」「船団、遷移速度を危険域にまで上昇させました」
「戦闘! デバイス・ガン・フォーム。
 機関出力全開。相転移攻撃、来るぞ!
 本艇の監視に気付かれたのか!」
「相手は『デウス・エクス・マギカ』だ。キセルタークの接近に気がついたのだろう」
 苛立ちをぶつける艇長をなだめるように、オルタネアシウスは手にした杖を掲げて見せる。
「来るぞ」
 スクリーン上に時空の発泡現象、所持宇宙の位相乖離に伴うインフレーション現象が発生する。本来、時空遷移艇を保持するだけの世界が急激に膨張し、激しいエネルギー状態の本流が艇を取り巻く古い真空を押しつぶそうと試みる。
位相空間解放! 敵船がぶつけてきた時空のエネルギー解析を。急げ!」
「敵船より複数の幻想反応! 幻想種が来ます!」
「高位真空爆雷、一番、二番、装填急げ!」
 艇長の矢継ぎばやの指示に、艇が安定を取り戻す。
「さて、何が来るか?」
 オルタネアシウスはただスクリーン上で急速に姿がぼやけていく船団を睨む。
「幻想種4。元素解析、水が属と思われます」「接近中の幻想種は幻獣にあらず」「幻想スペクトル解析、玄(くろ)」
「一番、目標、正面幻想種」「亀種2、混合種2」
「一番、発射」
 撃ち出された高エネルギーの真空状態が次々とポテンシャルの変わる真空状態に相を変化させて接近しつつある亀の甲羅を持つ玄い幻想生物に襲いかかった。光速よりも早く広がる宇宙に引き裂かれて、正面からぶつかった幻想種が悲壮な悲鳴と共に消滅する。残りの幻想種は正面を避けるように左右に広がるが、拡はんされた真空になかなか近づけずにいた。
 だが、精査表示上に映しだされる様相にオルタネアシウスは苦い表情を隠せなかった。
「連中の融合主義ってのは、目的のためには保護するべき対象も使い潰す狂信か」
「位相解析終わりました」
「砲戦準備。誘導光子魚雷、四連魔法陣展開。
 いかがしますか?」
 艇長が問いかける。オルタネアシウスは首を振った。
「本艇の目的は融合主義者の、『デウス・エクス・マギカ』の追跡だ。後から来る連中に仕事を残しておいてやれ」
「わかりました。
 魚雷発射。蹴散らせ!」
 肯いて意図を理解したことを示すと、艇長は発砲を命じた。砲艦形態に艦形を最適化した警備艇の前方に青い光を放つ四つの魔法陣が形成される。
 そして、光子の塊が真空を引きずって質量すら生じさせながら次々と魔法陣に飛び込んだ。魔法陣は激しく回転しながら帯のように姿を変えると、光の塊を誘うように別々の目標へと飛び散っていく。それは回避する暇を与えぬほどの速度で警備艇の左翼から接近を試みていた亀のような黒い幻想種を捕らえ貫いた。
「全速!」
 周囲に泡立つ真空をまといながら、融合主義者の船に近づく。双方が属していた世界がエネルギー平衡を求めて激しく蒸発し、境界面が形成される。警備艇はそれを乗り越えた。
 砲艦形式に変形した警備艇の主砲が輸送船を捕らえる。
「やり過ぎないようにな」
「はい。主砲、セレスティアル・バースト、出力3/4」
 警備艇の正面に巨大な魔法陣が浮かびあがる。そして、幾つもの小さな、とはいえ、警備艇と同じくらいだ、円形の魔法円が生まれ、青白く光り輝きながら、回り始めた。
 生み出されるのは一つの世界。
 創世の秘術をもって次元や状態の違いに関わらず圧倒的な破壊を叩きつける。
「撃て」
 世界の制御された解放。
 巨大な魔法陣の中心から生まれた無明の世界が誕生の凱歌を謡う。膨張する世界が時間と空間を引き連れて、巨大な船に襲いかかった。